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5年間の冬眠を経て再挑戦

既に40代でしたが、前回の2006年入試からしばらく経った頃から、何故か、倦怠感、頭痛、集中力の低下、不眠など、体調不良や精神不安定な状態が慢性的に続く日々に襲われました。血圧が85/60mmHg、脈拍が54/分なんてこともありました。女性ほど顕著ではないものの、男性にも更年期があるのかと思いました。というのも、漫画家のはらたいらさんが、自身の著書の中で男性更年期にかかったと述べていたからです。
しかし、仮に自分がそうだとしても、アラフォーではまだ早い。
何回か医療機関にかかりましたが、原因は明らかではなく、よく分からないまま漢方薬などを服薬していました。
幸い、仕事はそんなにハードではなかったのですが、頭の回転が鈍く、受験のような思考力が要求されるものにはとても対応できなかったです。ただし、仕事は辞めたりせずに、受験のことは忘れて、ムリをせずボチボチと生活していました。

そんな生活が正味4年続きましたが、2010年になり、調子が上向いたので、2011年にもう一度受けてみようと思い、再び三重大学医学部医学科の後期日程に照準を合わせました。国公立大学前期日程や私立大学の医学部はどこも受けず、三重大学1校後期のみの一発勝負。
後期の定員は以前の15名から、2011年入試では10名へと、運が悪いことにさらに減少していました。
受験科目は小論文のみで、与えられた英文を読んで日本語で論述する形式。

英語には割と自信があったので、勉強はセンターのみに集中。とにかくセンターの過去問をやりまくりでした。
前期日程はどこも受けないので、記述式の数学Ⅲ、物理Ⅱ、化学Ⅱ、生物Ⅱなどは一切無視。
模擬試験は今さら他の人と比較しても意味ないと考えていたので、直前も含めた過去4~5年間は全く受けていませんでした。6年ぐらい前に3回ぐらいK塾の全統模試を受けたぐらい。
予備校にはお世話になりませんでした。自分の場合、英語小論文は少なくとも合格者の平均以上はいける自信がありましたし、センター試験の勉強は自分で如何にやり込むか、だけのことでしたので、予備校に行く必要はないと思っていました。

職場では、何食わぬ顔をして普通に勤務していました。幸い、残業は比較的少なかったです。
いいトシして仕事を辞めるわけにもいかなかったので、仕事しながら勉強の方は随分と省エネで…(アラフォーが受験に失敗して無職になったら、どこにも引き取ってもらえません)、勉強内容は絞りに絞りまくっていました。
ある意味、トンデモナイ受験生でしたね笑。しかし、現実的な選択だったと思います。
既に40代半ばに差し掛かっていました。

三重大学 後期 を選んだ理由

再受験生に寛容なことは、2006年以前から解っていました。
二次試験の筆記(後期)が自分が得意な英語(英語小論文)のみということ、面接が約10分間と短いこと(10分と15分ではだいぶ違う!)。そして、わたしの地元に比較的近いこと。

あと、些細な話ですが、大多数の大学で「合格者最低ラインに複数の同点者が並んだ場合は面接の評価が高い者を優先して合格とする、同点でかつ面接の評価も同じ場合は二次試験の得点が高い者を優先して合格とする」などの選考基準が示されていて、要するに、定員ピッタリの数の合格者を出すことが示唆されています。
ところが、三重大学では「合格最低ラインに複数の者が並んだ場合は全て合格とする」と受験要綱に書かれているではないですか(2015年後期は11名が合格。後述)。
優しい大学だなぁと思いました。

センターの社会科でA科目、理科で総合科目が当時選択できた医学部は三重大学のみ。そういった科目は出題範囲が狭く、内容もかなり平易で、当時働いていたわたしにとって労力の低減になり、大変助かりました。数学もⅠAⅡBのうち、AとBは最初から無視していました。
当時の三重大では、驚くなかれ、センター試験の選択科目は全ての科目からどれでも選択することが可能だったのです(ただし、これが認められていたのは2011年まででした)。
もちろん、これらのウラ科目を選択すれば他大学の受験は不可能になります。他大学の医学部では地理Aや数Ⅰや理科総合などは門前払いですので。しかし、センター試験で得点率が95%であろうが80%であろうが三重大学一本、センター成績に応じた志願変更などは最初から全く考えていませんでしたので、それでよかったです。
先にも書いた通り、できるだけ勉強内容が絞れて、負担が少なくて済むように考えていました。

こういった理由から、自分に有利に働く三重大後期のみに絞っていました。これが自分にとってはベストチョイスだと確信していましたし、これでもダメならダメなんだろうと。しかし、結果的に完全に作戦勝ちだったと思います。

週5日、働いていた日の勉強時間は1日にせいぜい5時間ぐらいか。勉強内容は徹底的に省エネ。省エネ作戦敢行。国語と英語以外は全てウラ科目を選択!
こんな人、後にも先にもわたしだけでしょう。
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恥ずかしい点数(国語と数学Ⅱ)は隠しています。
*数学Ⅰと数学Ⅱは各50点満点、その他は各100点満点の傾斜配点。計600点満点。

全くゼロからやり直さなければならなかったのは古文と漢文ぐらいで、地理も数学も最初から覚え直すほどでもありませんでした。理科は物理・化学・生物・地学の4科目ともだいたい理解していましたが、総合科目を含む3科目を選択(うち2科目を採用)。
ちなみに、高校では地理と地学は履修していませんでしたけど笑。特に進学校でもない平凡な公立高校でした。

三重大に仮進級の制度があることや、1年生から2年生へは留年がないなど進級が比較的緩いことは、大学に入学してから知りました。
地方都市の国立大学としては、意外と交通の便が良いです。近鉄の急行停車駅まで徒歩8分。

そして合格

センター試験の社会、理科、数学は簡単な科目を選択したものの、得点率は前回2006年よりもむしろ悪く、出来はそれほど良くなかったです。センター:二次=2:1で逆転の余地も元々少なく、定員も少なくなってましたし。
明らかに前回の受験よりも不利な材料が揃っていました。

それで、実はあまり期待していませんでしたが、二次との総合点で最低ラインを7.3点上回り、合格でした。捲土重来(けんどちょうらい)といったところですかね。

ちなみに、後期の実質倍率は3.8倍。ところが、前期の倍率は4.2倍だったそうで、後期の方が倍率が低かったです。まあ、後期には、前期で受かって戦線離脱した人は来ませんから。
それと、みなさん前期の勉強でエネルギーを使い果たして、ライバルさんたちは後期小論文なんておそらく最初から見向きもせず、大した対策もしてないんだろうなぁ、といった "読み" もありました。

ところで、倍率に関してもっと凄かったのは2015年の後期入試。受験者22名、合格者11名(追加合格者は含まれておらず、最初から11名が合格)、倍率2.0倍でした。国立大の医学部受験でたったの2倍なの?、
っていう感じでビックリ。


さて、入試面接は100点満点で点数化されますが、後からクラスメートに聞くと、後期合格者は再受験生も含めて皆90点でした。わたしも面接は90点。
今は再受験生には再面接があるのかな?、そんな話をどこかで聞きましたが、わたしの時は再面接なんてありませんでした。

英語小論文は156.3点で、最高点の人とは3点差、センター英語196点、リスニング48点でした。小論文で小数点以下の点数が出るのは、3人ぐらい採点者が居て、その平均を採るからだそうです。
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ちなみに、面接官は2名。うち1名は、耳鼻科のT教授でした。

英語に関しては、会社員時代にもコツコツと10年以上、受験のためというわけでもなく、勉強を続けていたことが良かったようです。やさしいビジネス英語(現 実践ビジネス英語)などNHKラジオ第2放送の英語講座を何年も聴いていました。
自宅には、当時の1990年代のテキストが100冊以上残っていました。
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結構タフな講座で、全然やさしくなかったですが。

その後2000年代に入って英語から離れていましたが、こんなわけで、久々にリスタートしても大して英語力が落ちていなかったのだと思います。久し振りに自転車に乗ったような感覚で、身体が覚えていたということですかね。
一時はトリセツやパンフレットなどを英訳する翻訳業で身を立てようかと考えていたこともあり、芸が身を助けたと言えるかもしれません。
もっとも、三重大入試では、英作文は出題されませんが…。

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